2022/07/17
「時代は変わっても味は変えない」明治時代からの伝統を守り続ける店主
■静岡市の「大やきいも」4代目・中村修身さん 先代の母が急逝して継承
変えることが全てではない。明治時代から続く伝統の味を守り続ける老舗の4代目店主は、矜持と使命感を抱き時代に抗っている。それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第1回は、静岡市葵区で店を構える「大やきいも」の店主、中村修身さん。押し寄せる時代の波を感じながらも「時代は変わっても味は変えません」とぶれない芯がある。
JR静岡駅から静岡浅間神社の方へ20分ほど歩くと、長谷通りの一角に店名の入った赤い提灯の下がる店が目に入る。大やきいも。その名の通り、焼きいもを名物にしている。レトロな外観が歴史の長さを物語る。創業は明治時代。大正、昭和、平成、令和と5つ目の元号を迎えた。店主の中村修身さんは先代の母から店を引き継いで、15年ほどが経つ。話し方や表情は柔らかい。だが、その言葉には覚悟と使命感がにじむ。
「子どもの頃から店を見てきて、食べ物を扱う商売の大変さを感じていました。ただ、自分が継がないと店はなくなってしまいます。このまま終わらせるわけにはいかないと思いました」
中村さんは元々、会社員だった。母が病気で急逝したため、1つ1つの作業を学ぶ時間はなかった。それでも、立場は店主。店の伝統やスタッフの生活を突然背負うことになり「店主と言っても、やる仕事はペーペーでした。長年働いているスタッフの話を聞いたり、子どもの頃に見ていた仕事内容を思い出したりしながら、店の味を変えないように試行錯誤を繰り返しました」と回想する。
■サツマイモの状態や湯気を見て焼き時間を判断する職人技
店の看板「焼きいも」は経験が求められる。使うのはサツマイモと塩のみ。シンプルなだけに、ごまかしがきかず、サツマイモの見極めから焼き方まで熟練の技が必要になる。仕入れたサツマイモを伝統の焼きいもに仕上げるまで、1時間かかる。その間、木くずを大釜に入れて焼き具合を調整する。安全面を考えた長袖、マスク着用での作業は熱中症になるほどの暑さとの戦いでもある。
難しいのは焼き時間。サツマイモを一度釜に入れたら、途中で様子を見ることはできない。焼き時間や蒸し時間はサツマイモの状態、その日の気温や湿度、釜から立ち上る湯気などで判断する。汗を流し、すすをかぶりながら、中村さんは仕上がりをイメージする。
「たくさん失敗しました。失敗を繰り返して感覚を身に付けなければ、サツマイモ本来の甘さを出すベストな方法を見つけられません。釜に入れる時間が長すぎたと思ったら甘みが増すなど、思いがけない収穫を得た時もありました」
サツマイモは年中、手に入る。しかし、焼きいもを店に並べるのは10月から翌年の6月に限定している。3カ月の空白は、味へのこだわりから。「大やきいも」では甘みたっぷりの焼きいもを提供しているが、サツマイモ自体には味はない。甘みを出すために収穫してから熟成させる期間が必要で、中村さんは「夏のシーズンは去年のイモを使うには古く、今年のイモは固くて甘みがないので早すぎます」と説明する。サツマイモ収穫の時期と焼きいものシーズンには“時差”があるのだ。
■「この10年は特に目まぐるしい」時代の変化を痛感
焼きいもを出せない時期もサツマイモを味わってもらおうと、店では大学いもを通年で提供している。他にも、焼きいもと人気の両輪となっている静岡おでんは年中楽しめ、夏場はかき氷も提供している。
おでんの出汁は長年継ぎ足してきた秘伝で、かき氷のシロップも手作りと、どのメニューにもこだわってきた。妥協しない姿勢が伝統の味を継承し、長年愛されてきたゆえんでもある。ただ、中村さんは時代の波を痛感し、吞み込まれそうな危機感を抱いている。
「以前は店内に入りきらないくらいお客さんがいましたが、状況は大きく変わりました。特に、この10年は目まぐるしく変化しています」
かつて、「大やきいも」は地元の小、中、高校生でにぎわっていた。ところが、次々に出店するコンビニや、子どもたちの生活スタイルの変化などにより、地元の来客は激減。今は、観光客が大半を占める。「焼きいも」や「静岡おでん」の味は来店客のSNSを中心に広がり、土日祝日は県外からのお客が増えた。しかし、長引く新型コロナウイルス感染拡大で、観光客も大幅に減少。原材料費の高騰も重なって、味の良さや老舗の看板だけでは利益を上げられない。
■観光客は「安すぎる」、地元は値上げに敏感 物価高騰にギリギリの判断
伝統の味を守るには、当然ながら手間と費用がかかる。店を維持するには物価の高騰に合わせた値上げが必要になるが、中村さんは抵抗を続けている。
「県外のお客さんからは『安すぎる』と言われます。ただ、地元の方には10円の値上げでも高くなったと受け取られてしまいます。厳しい状況でギリギリの判断をしなければいけません」
仕入れ値が上がれば商品を値上げするのは自然なことだが、理解できない消費者も少なくない。収益を確保するには、値上げ以外の方法はある。例えば、酒類の提供だ。「おでんをつまみに一杯飲みたい」という需要は確実にある。
中村さんも理解しているが、踏み切らないのは先代の思いを大切にしているためだ。「子どもからお年寄りまで愛される店」。中村さんの母は、酒を提供すれば、子どもが気軽に店に来れなくなると考えていた。夜の営業をしない方針を貫いてきたのは、「誰でも食べたい時に立ち寄れる店にしたい」という気持ちが込められている。
業種を問わず、老舗が生き残るのは難しい時代になっている。チェーン店の増加、新型コロナ感染拡大、物価の高騰。逆風は吹き止まない。それでも、中村さんは抵抗をやめない。「時代が変わっても味は変えません。変わることが全てではありませんし、変わらない努力をしていくつもりです」。時代の波に乗らなくても生き残る。決して吞み込まれない。
(間 淳/Jun Aida)