2024/02/05
難読地名多い静岡市 渡・建穂・慈悲尾 いくつ読める? 誤読が定着したケースも
■葵区には「渡」、清水区には「土」 ともに読み方は「ど」
地元以外の人は読み方に戸惑う「難読地名」は全国各地にある。静岡市にも「渡」や「安居」、「慈悲尾」や「馬走」など、静岡市民でも分からない地名が多い。実は間違った読み方が、いつの間にか地元に浸透したケースもあった。
静岡市葵区には「渡」という地名がある。読み方は「ど」。安倍川中流に位置し、そのまま川を上っていくと、温泉が有名な梅ケ島地区へつながっている。地域には現在もつり橋がかかっているが、安倍川を渡る人が多かったことが地名の由来とされている。
ただ、実は「渡」の読み方は「ど」ではない。この辺りの地域について大正時代に書かれた「大河内村誌」には、「渡(ワタリ)と読むべし。後に音読し、渡村(ドムラ)と云うに至れり」と記されている。本来は「わたり」と読むべき地名が、地元の人が「ど」と音読して広がっていったのだ。大河内村誌には「(ワタリ)と云うのを正当とする」とも残っている。
同じ「ど」と読む地名は静岡市清水区にもある。漢字は葵区の「渡」ではなく「土」。茶畑が広がるエリアで、地元では「土村(どむら)」と呼ばれている。「土」は清水区で最も小さい自治区とも言われていて、20戸に満たないという。
■「建穂」や「慈悲尾」 寺を由来とする難読地名
葵区には他にも難読地名がある。「建穂」は「たきょう」と読む。この場所には白鳳時代(654~669年)、道昭法師が創立した真言宗の寺「建穂寺(たきょうじ)」があった。鎌倉時代以降は駿河文化の中心を担った寺だった。
「建穂」と隣接する「慈悲尾」は、「しいのお」と読む。慈悲尾地区にある増善寺に関する記念誌には地名の由来が2つ記されている。1つは、この地域に飛鳥時代からあった「慈悲寺(じひじ)」から来たもの。もう1つは、椎(しい)の木が生い茂っていたエリアで、かつての地名「椎尾」に「慈悲」の字があてられるようになったとされている。
静岡市には地元の人以外は戸惑う地名が多い。他には、葵区に「土太夫町(どだゆうちょう)」、「大鋸町(おおがまち)」、駿河区には「安居(あご)」。清水区には「馬走(まばせ)」、「山原(やんばら)」、「葛沢(とずらさわ)」などがある。
同じ静岡市でも、葵区の住民が駿河区や清水区の難読地名を読めないケースは少なくない。地名への興味は歴史を知るきっかけとなる。
(鈴木 梨沙/Risa Suzuki)