2022/10/24
女子野球の「セーフティーネットに」 練習場所を失っても楽しさ伝える静岡県初のチーム
■2018年創設 静岡市の小学生女子野球チーム「静岡フューチャーズ」
新型コロナにも、台風にも負けず、静岡県に女子野球のうねりをつくっている。県内初の小学生女子野球チーム「静岡フューチャーズ」は台風15号の影響で“本拠地”を失ったが、決して立ち止まらない。2018年に創設後、県内の高校に女子硬式野球部ができたり、浜松市にも小学生の女子チームが誕生したりするなど、確実に女子野球の熱が高まっている。
子どもたちが青空の下で白球を追う。当たり前だと思っていた光景に、ベンチから選手に声をかける花村博文監督は感謝していた。静岡県初の小学生女子野球チーム「静岡フューチャーズ」を立ち上げて5年目を迎えた。
「新型コロナが落ち着いたと思ったら、今度は台風。1週間先の練習場所を確保するのも大変な状況です。練習したくても、一緒に野球をする子どもたちを増やしたくても、場所がなければどうしようもありません」
9月23日夜から24日未明にかけて静岡県に最も接近した台風15号の影響で、静岡市の安倍川河川敷にあるスポーツ広場は冠水や陥没の被害を受けた。全部で33カ所あるグラウンドのうち、30カ所が使用禁止。完全復旧には1年近くかかるとみられている。思うように活動できなかった新型コロナウイルス感染拡大が、ようやく落ち着いたと思った矢先だった。
■9月の台風で河川敷のグラウンド使用不可…困難な練習場所確保
静岡フューチャーズが普段使っていたグラウンドも、野球ができる状態ではなくなった。練習場所の確保は簡単ではない。きのう23日は島田市の少年野球チームの協力を得て練習試合を組み、島田市まで遠征した。1週間前の週末は練習場所が見つからず、快晴だったにもかかわらず練習を休みにしただけに、花村監督の安堵と喜びはひとしおだった。
「子どもたちが野球を楽しめる場所をつくれて安心しました。周りの方の協力にも感謝しています。試合の勝敗よりも、子どもたちが打ったり投げたりする楽しみを感じることが一番です。練習の成果が出たプレーもあったので良かったと思います」
静岡フューチャーズは練習試合に敗れたものの、攻撃でも守備でも見せ場をつくった。投手も捕手も務めた主将の山口桃さんは「捕手は思ったよりも上手くできました。みんなでアウトを取った時や、投手でストライクが取れた時はうれしいです」と笑顔を見せた。
静岡フューチャーズは2018年に誕生した。部員は2人からのスタート。当時、メンバーは小学4年生以下に限定していた。花村監督が理由を説明する。
「その頃、静岡県の高校には女子野球部はありませんでした。中学生は硬式野球チームが1つあるくらいです。ただ、5年以内には県内にも女子硬式野球部ができると予想していました。チームに入ってくる小学4年生のメンバーが中学になるタイミングまでに、中学生以上を対象にした女子野球チームを新たにつくれば、長く野球を続けられる女子選手を増やせると考えました」
■練習中に音楽 お菓子持参で「もぐもぐタイム」も
ここ数年で熱が一気に高まっているが、当時は今ほど女子野球の人気は高くない。小学4年生以下の女子が野球を始めることへのハードルは高かったが、目先の部員増ではなく将来を見据えた。
部員は少しずつ増え、現在は13人。昨年4月には静岡フューチャーズの“姉”にあたる、中学生以上を対象にした軟式野球チーム「フューチャーズレディース」を立ち上げた。最年少の中学1年生から最年長64歳まで、16人が所属している。
花村監督がチームの役割に掲げるのは「野球のセーフティーネット」。野球に興味がある、野球をやってみたい女子選手がプレーする場をつくることだ。自身は現役時代、静岡県の伝統校・静岡商で野球の厳しさを学んだが、今は野球の楽しさを伝えることに専念している。
練習中に音楽をかけ、ウォーミングアップでリズムトレーニングを取り入れるのも、楽しく練習する工夫の1つ。野球を始めたばかりの子どもは柔らかいボールを使ったり、バドミントンのラケットで穴の開いたプラスチックのボールを打ったりする。
「もぐもぐタイム」もチームの特徴。静岡フューチャーズの選手たちは練習におかしを持参し、水分補給の時にお気に入りのお菓子を食べながらチームメートと談笑する。花村監督自身が選手たちにお菓子を配る時もある。指揮官は「まずは練習に来ることを楽しみにしてほしいと思っています。仲間と一緒に体を動かすのも野球チームに入る良さですから」と説明する。
■「野球を好きになって次のステージに送り出す」
もちろん、選手の好き勝手にプレーさせるわけではない。23日の練習試合では、花村監督が繰り返し選手に伝えた言葉があった。
「できることは、しっかりやっていこう」
守備でのアウトカウントの確認、いいプレーが出た時やピンチの場面での声かけ。チームの団結力を高めたり、プレーの質を上げたりするためには、それぞれの選手に意識が求められる。できなかったことができるようになる、喜びを仲間と共有できるところに野球の楽しみがあるのだ。花村監督は言う。
「もっと女子野球が当たり前の環境になるように、裾野を広げていかないといけないと思っています。野球を好きになって次のステージに送り出すのが、静岡フューチャーズの役割だと考えています」
新型コロナの次は、台風被害。強い逆風に吹かれても、静岡市に灯る女子野球の火は消えない。
(間 淳/Jun Aida)