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2022/11/18

サッカーと伝統工芸の共通点は「静岡への愛着」 異業種転身の元エスパルス主将が描く未来

静岡市にある「駿府の工房 匠宿」で働く元エスパルスの杉山浩太さん

■元エスパルス杉山浩太さん 「駿府の工房 匠宿」で50人を指揮

選手出身で初めての営業職から、サッカーとはゆかりのない伝統工芸の世界へ。それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」、第6回は清水エスパルスの元主将・杉山浩太さん。昨年4月から静岡市にある「駿府の工房 匠宿」で勤務し、現在は統括責任者を務めている。サッカーで培った視野の広さや攻守の切り替えを生かし、約50人のスタッフをけん引する。【前編からの続き】

 

周囲から見れば、唐突な決断に映るかもしれない。だが、杉山さんはエスパルスの選手時代から伝統工芸に関心を持っていた。28歳で家を建てた際、自宅に置く小物は生まれ育った静岡市の工芸品で揃えようと考えた。

 

一言で工芸品や小物と言っても、多岐に渡る。知れば知るほど、伝統工芸に魅了された。実際、匠宿で講師を務めている職人とは、職場の仲間になる前から交流があった。

 

ただ、関心は高くても、伝統工芸を仕事にするイメージは全くなかった。杉山さんは「建築も好きでしたが、図面を書けるわけでもありません。興味があっても専門知識はなかったですから」と話す。


転機が訪れたのは、選手を退いてエスパルスの営業をしていた2021年だった。営業時代にお世話になっていた静岡市の建築設計・施工会社「デザインオフィス創造舎」の山梨洋靖社長からオファーを受けた。

 

「伝統工芸の体験施設の仕事をしてみないか」

2021年に大幅に改装してリニューアルオープン

■一大プロジェクトの中心に 尊敬する社長からのオファー

創造舎は匠宿を大幅に改装するリニューアルオープンに向けて動いていた。国内最大級の工芸体験を中心に据え、ギャラリーやカフェ、土産店や子どもが遊ぶスペースなどをつくり、全く新しい空間に変える一大プロジェクトだった。その中心を担う人材に杉山さんを抜擢しようとしたわけだ。

 

杉山さんと創造舎には縁があった。エスパルスで営業職に就いて、初めての営業先が創造舎だった。会社を立ち上げた山梨洋靖社長は静岡市の業界で今、最も名前が知られた経営者と言える。思わず足を止める個性的な建物のデザインが評判で、静岡市にある人宿町のまちづくりを中心になって手掛けた。営業マンになったばかりの杉山さんが“初戦”で顔を合わせるには、強敵のように思える。

 

しかし、山梨社長は「元選手」、「営業の新人」という杉山さんの肩書きにとらわれなかった。初対面は昼ご飯を食べながらの商談。山梨社長のセッティングに驚きはあったものの、杉山さんは必死にプレゼンした。「全く上手くいきませんでした」と振り返ったが、山梨社長は杉山さんの熱意を買って協賛を快諾。翌年は大幅に増額してスポンサー契約を更新した。

 

杉山さんは山梨社長と時々、食事をするようになった。6歳年上の若手経営者のアイデアや行動力に、ただただ驚くばかり。同時に、ビジネスのおもしろさを教わった。

 

会話の流れで山梨社長からは「いつか一緒に仕事ができたらいいね」と言葉をかけられることはあった。杉山さんが興味を持つ伝統工芸の話題になったこともあった。だが、実際にオファーが来るとは思ってもいなかったという。

施設内には地元のハチミツを使ったメニューが人気のカフェも

■異業種への転身を決断 「他の人にポジションを渡したくなかった」

選手から営業マンになる道も異色ではあったが、エスパルスを離れて飛び込む伝統工芸の世界は完全な異業種。不安や迷いが頭をよぎる中、決め手は「ポジション」だった。

 

「エスパルスを辞めて匠宿に行くと伝えたら、『何で?』と反対する人もいました。転職を決めた理由は、生まれ変わる匠宿に携わり、社長や伝統工芸や職人さんと関われるポジションを他の人に渡したくなかったからです。サッカーと比べたらニッチな世界かもしれませんが、新しい活躍の場になってトップになれる、自分にしかできない仕事があると考えました」

 

2021年4月に創造舎に入社し、匠宿の営業宣伝課長を任された。パワーポイントで作った資料を手に企業や学校を回ったり、集客につながるイベントを企画したりした。生まれ変わった匠宿は今、週末になると駐車場は埋まり、平日も学校の課外授業や企業の研修などで体験の予約がいっぱいになる。

 

杉山さんは現在、統括責任者となり、営業や広報に加えて施設全体の運営・管理も担う。ともに働く新しい仲間から信頼を得るため、特に2つのことを意識してきたという。

ものづくり体験で作った駿河竹千筋細工

■スタッフ50人をまとめる統括責任者 チームづくりに2つの意識

1つ目は「結果」。エスパルスの選手や営業時代に、結果を出せば周りの目は変わると知った。匠宿の1年目は、お金の稼ぎ方や企画の作り方を示した。杉山さんは「自分には特別なスキルやキャリアはありません。プレーヤーとして実績を残す必要があると思っていました」と語る。

 

2つ目の意識は「指揮」。匠宿で働く約50人のスタッフをまとめる今の立場に変わってからは、自ら結果を出すと同時に、周りをどう生かすかにも重点を置いた。それぞれの力を最大限に引き出すために、スタッフの表情や動きを観察する。説明する時やお願いする時は電話で済ませず、直接顔を合わせる。杉山さんは言う。

 

「施設は広いので、直接会うのは時間の無駄と言われるかもしれません。ただ、顔を合わせると心や体は弱っていないのか、自分の説明が足りているのか、今はどんな言葉が必要なのかなどが分かります」

 

山梨社長のビジョンを理解し、広い視野で現場の最高責任者としてスタッフの良さを生かす。時に厳しく仲間を鼓舞し、時に強烈なリーダーシップで引っ張る姿はサッカー選手の頃と重なる。杉山さんは「サッカーで身に付けたスキルや主将をやっている時の感覚は仕事に生きていると思います」と話す。

 

自身のプレースタイルを「二面性のある選手」と表現する杉山さんは、ビジネスでも両極端な面を見せるという。周囲から細かすぎると思われるくらい慎重な時がある一方、大胆に攻めるケースもある。施設全体を見渡して課題に優先順位をつけ、ベストな方法を導き出す。

 

■サッカーで学んだ仕掛けとリスク管理 順調なのに焦るワケは?

「仕掛けとリスクマネージメントはサッカーでも通ずる部分があります。サッカー選手としての経験やエスパルスの社員時代に学んだことを生かしながら、歩みを止めずに考えて動いています。みんなの力に自分が得意な部分を融合できたらと思っています」

 

匠宿のリニューアルオープンから1年半、杉山さんは走り続けてきた。予想以上に来館者が増えた現状を見れば、満足感に浸ってスピードを緩めてもおかしくない。ところが、「こんなに順調なだけのはずはありません。必ずほころびがあるはずなので、頭も心も焦りが占めています」と意外な言葉を口にする。

 

充実感はあっても決して満足しないのは、描いているビジョンが、まだ先にあるからでもある。伝統工芸に関心を持ってもらい、匠宿をきっかけにして職人を目指す若者を増やす。後継者の育成、さらには職人が活躍する場の提供が、中・長期的な目標となっている。

 

「仕事が変化しても、静岡に貢献したい気持ちはずっと同じです」と杉山さん。サッカー王国・静岡を象徴するエスパルスから、静岡市に根付く伝統工芸の世界へ。勝負するフィールドは変わっても、見据えるゴールと静岡への愛着は変わらない。

 

(間 淳/Jun Aida

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