2023/06/17
甲子園出場9度の名門 高校野球の新たな可能性求めて改革 指導者に問われる覚悟
■静岡県の掛川西高校 リーグ戦「Liga Agresiva」参加
全国に広がっている高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」は、参加校が120校を超えている。静岡県で参加している3校のうちの1つが、春夏合わせて9度の甲子園出場を誇る名門・掛川西。チームを率いる大石卓哉監督は指導者の意識改革や選手の成長など、「Liga Agresiva」に加わる意義の大きさを強調する。
大阪府のNPO法人「BBフューチャー」が運営する「Liga Agresiva」は、2015年に始まった。当時の参加校は大阪府内の6校。そこから10年も経たず、全国120校以上に広がった。
負けたら終わりのトーナメント戦が一般的な高校野球で、「Liga」はリーグ戦を採用している。試合に敗れても次の機会がある。
また、独自ルールも設けられている。使用するバットは木製または低反発の金属に限られる。投手は球数や変化球の種類が制限されている。これは投手の肩や肘の故障を防ぎ、打者がバットの芯で捉える技術を磨く狙いがある。地域ごとのルールも認められており、リエントリーや複数人のDHを採用しているケースもある。
■リーグ戦で選手の出場機会増加 長所気付くきっかけに
トーナメント戦の高校野球は、試合に出場する選手が限られる問題が指摘されている。3年間で一度もプレーする機会がない選手や、出場が偏って怪我をする選手は少なくない。リーグ戦になれば、こうした問題は軽減される。
静岡県では昨秋から掛川西、掛川東、沼津商の3校が「Liga Agresiva」に参加している。掛川西の大石卓哉監督はリーグ戦のメリットを、こう話す。
「より多くの選手を試合で見ることができるので、選手の長所に気付くことが増えました。指導者は選手に練習をやらせるという意識になりがちですが、選手はLigaで活躍しようと自主的に練習して準備する意識が高まっています。負けたら終わりではないので、反省を次に生かせる部分も大きいです」
「Liga」には練習試合とは違う緊張感があるという。勝敗で順位をつけたり、個人タイトルを表彰したり、選手のモチベーションを高める要素が多い。
■参加条件は講習受講 「指導者は痛いところ突かれる苦しさ」
大石監督はリーグ戦が選手の可能性を広げると感じている。ただ、それ以上に「Liga」参加の意義は、指導者の成長にあると実感している。「Ligaに参加した一番の理由は、自分の凝り固まった考え方を変えないと選手たちに良い指導ができないと思ったからです」。「Liga」の根底にあるスポーツマンシップが、指導者の意識改革につながると考えている。
「Liga」参加の条件には、スポーツマンシップ講習の受講がある。指導者も選手もスポーツマンシップとは何かを学ぶ場だが、指導者には逃げ出したくなる時間となる。大石監督は言う。
「講習では、今までの自分の指導を否定される部分が少なくありません。私は選手と一緒にオンラインで受けているのですが、選手たちは『監督の指導はリーガの理念と全然違うんじゃないか』という目で見てきます。痛いところを突かれる苦しい講習なので、指導者は覚悟を問われます。でも、そこから選手に謝って、自分も変わる努力をしないと現状のまま終わってしまいます」
現在43歳の大石監督は現役時代、掛川西の主将として甲子園に出場している。選手の頃は指導者が絶対の存在。怒声罵声は当たり前だった。時代は変わり、指導者にも変化が求められている。
■判定に不満漏らす監督 選手から「尊重、尊重」の声
ただ、長年の習慣や考え方を変えるのは簡単ではない。選手に改善点が見られなければ大きな声を上げたくなり、試合の判定に納得がいかない時は審判に愚痴をこぼしたくなる。そんな時、選手から諭される。「尊重、尊重」。スポーツマンシップの理念を選手が思い出させる。
「頭では理解していても、反省することは多いです。ただ、選手が監督に指摘できる関係性をうれしく感じています。監督が絶対という時代ではないですから」
対戦するチームは敵ではなく相手。好プレーが出ればチームに関係なく拍手を送り、審判や保護者ら野球に関わる全ての人を尊重する考え方がスポーツマンシップの基本となっている。
この理念から、もう1つ「Liga」の特徴となっているのが「アフターマッチファンクション」。試合後に両チームの選手たちがポジション別に分かれて、相手チームに対して感じたことを伝え合う。互いに成長して高め合う意図がある。
■対戦チームは敵ではなく相手 試合後に意見交換
チームの中心選手、落合倭吹輝捕手は他校のバッテリーから「ピンチになるとペースが速くなるので、間を取った方が良い」といったアドバイスをもらったという。アフターマッチファンクションを経験して対戦チームへの見方に変化が生まれた。
「相手がいなければ試合はできないので、対戦チームは敵ではなく相手だと考えるようになりました。一緒に好ゲームをつくっていこうという気持ちでプレーしています」
大石監督は他校の選手と積極的にコミュニケーションを取る掛川西の選手たちに驚く。初対面でも配球の話などをする様子に「野球という共通言語があるからかもしれませんが、コミュニケーション能力の高さが想像以上でした。学校生活や社会に出てからも必要な力なので、選手たちは良い経験ができていると思います」と話す。自身も、他校の監督に練習メニューや選手の育成について相談することがあるという。
高校野球の目的は勝利や甲子園出場だけではない。選手が怪我をするリスクを減らし、出場機会を増やすリーグ戦。相手を尊重するスポーツマンシップを身に付けて、指導者と選手の成長につなげる理念。静岡県で「Liga Agresiva」をけん引する掛川西高校が、高校野球の新たな形を示そうとしている。
(間 淳/Jun Aida)