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2023/07/09

創業400年超の老舗 伝統+最先端データで味を追求 苦しい時に無料配布で地域貢献

1636年創業の老舗「初亀醸造」

■藤枝市の「初亀醸造」 コロナの逆風下で日本酒無料配布

進化を続けるには、変化が求められる。ただ、時代が変わっても、継承したい思いもある。400年近い歴史を持つ静岡県藤枝市の初亀醸造は、一歩一歩前に進む「地元で愛される亀」を目指している。苦しい時こそ地元のために動く伝統を引き継ぎ、コロナ禍には日本酒をプレゼントするなど地域を元気づけた。味の追求には妥協がなく、最先端のデータ分析も取り入れている。

 

創業1636年。藤枝市岡部町岡部にある初亀醸造は、静岡県内に現存する蔵元の中で最も古い。味にこだわれば手間がかかる日本酒造り。少子化やアルコール離れが進み、蔵元の数は減っている。そんな逆風の中、初亀醸造は歴史を紡いできた。

 

2020年、さらに逆風は強くなった。新型コロナウイルス感染拡大。外出が制限され、飲食店は休業や営業時間の短縮を強いられた。飲食店で酒を飲む人が減れば当然、蔵元も大きな打撃を受ける。初亀醸造の16代目・橋本謹嗣社長は当時を振り返る。

 

「コロナ流行直後は、売上が前年の半分以下まで落ち込みました。家飲みの需要が高まっても、減少した売上をカバーするには全く至りません。飲食店に頼る部分がいかに大きいかを痛感しました」

初亀醸造の酒造りの様子

■外出自粛で地元から消えた活気 危機でこそ動く伝統と使命感

2020年1月、日本で初めて感染者が確認された新型コロナウイルスは、猛烈な勢いで流行が拡大した。3か月後の4月には全国に緊急事態宣言が発令された。売上が大幅に減少して窮地に追い込まれていた初亀醸造だったが、それ以上に危機を感じていたことがあった。橋本社長は言う。

 

「外出自粛となり、地元から活気がなくなっていきました。元気を失った地元の人たちに自分たちができることはないのか考えるようになりました」

 

橋本康弘専務のアドバイスもあり、橋本社長は動いた。地元・岡部町の全ての世帯に日本酒を1本プレゼントしようと考えたのだ。2020年5月、行政や酒屋の協力も得て、各世帯に引換券を配った。橋本社長は「飲食店は休業しているので商品は売れません。それなら、地元の人にプレゼントして喜んでもらおうと思いました」と話す。

 

反響は想像以上だった。「こんな大変な時に、心温まるプレゼントありがとうございます」。お礼の手紙が届き、メッセージが書かれた引換券もあった。初亀醸造の社名が入ったジャンパーを着たスタッフが町内で仕事をしていると、感謝の言葉をかけられた。橋本社長は「逆に私たちが地元の皆さんに元気をもらいました。地元の人たちが誇れる蔵元であり続けたいと改めて感じました」と回想した。

初亀醸造の定番商品「初亀 特別純米」

■飲食店に一升瓶プレゼント 成人祝いに日本酒贈呈

この2か月後、今度は初亀醸造の商品を取り扱っている飲食店に一升瓶をプレゼントした。自社の経営が厳しくても、行動を起こさずにはいられなかった。新型コロナが落ち着いても、お世話になった人や地元への愛情は変わらない。昨年からは20歳を迎えた岡部地区の若者に日本酒を贈呈している。

 

地域を支える姿勢は、長年引き継がれている初亀醸造の伝統でもある。創業から約250年間、現在の岡部町に移るまで、初亀醸造は静岡市の中心部に蔵を構えていた。水害をはじめ、地元の人たちが苦しんでいると、普段以上の存在感を発揮した。橋本社長は「地元が困っている時こそ、多くの寄付をすることが役目だと当時は考えていたようです」と説明する。

 

橋本社長の祖父は旧岡部町の町長や消防団の団長をしていたという。町の財政が厳しかったことから、私財で土手に梅の木を植え、収穫した梅を販売して消防団の活動資金にしていた。橋本社長は「子どもの頃は本業の酒造りに専念した方が、会社を大きくできるのではないかと感じていました。祖父は酒造り以外にも地域の人たちに喜んでもらう方法を考えていたのだと思います」と語る。

 

創業から400年近く経った今も、初亀醸造には地域を思う気持ちが引き継がれている。一方で、時代が移り変わり、積極的に変化を選んでいる部分もある。橋本社長が明かす。

 

「ここ10年で酒の造り方を大きく変えています。同じやり方を続けていても、いいお酒は造れません。今が完成形ではなく、常に今以上においしくなる方法を模索しています」

初亀醸造の16代目・橋本謹嗣社長

■最新技術とデータをフル活用 感覚に頼らない日本酒造り

老舗酒造のイメージとはギャップがあるが、初亀醸造ではデータを活用している。蔵の室温や湿度、日本酒の原料となる米麹やもろみの温度などを毎日、自動で測定する。例えば、麹をつくるために50時間かける場合、10分、30分、1時間単位で湿度を微調整し、味の変化を比べる。感覚だけに頼らず、データを組み合わせることで品質の向上や安定を図る。橋本社長は、こう話す。

 

「酒造りの難しさは、同じ品種でも米の状態が毎年違うところです。雨が降れば蔵の湿度が変わります。こうした違いに対応しなければ、品質の高いお酒は造れません。データの力が重要になります」

 

守るべき伝統は継承する。ただ、老舗のブランドに胡坐はかかない。「うちの会社は名前が亀なので、一歩一歩着実に前へ進みたいと思っています。地元の人たちが誇れる蔵元であり続けます」と橋本社長。地元を愛し愛される亀は歩みを止めない。

 

(間 淳/Jun Aida

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