2023/10/27
「埋もれた声を伝えたい」 忘れられない経験…静岡市出身のアナウンサーがフリーに転身
■静岡朝日テレビ退社 スミス春子ユニスさんフリーで活動開始
より幅広い活動、自分だからこそできる役割を求め、新たな道を選んだ。静岡市出身で静岡朝日テレビの元アナウンサー・スミス春子ユニスさんは現在、マネージメント会社「ジョイスタッフ」に所属してフリーとして活動している。局アナ時代に自分の力不足もあって形にできなかったマイノリティの声を伝える仕事、ずっと興味のあったラジオの仕事に挑戦するスタートを切った。【全3回の1回目】
スミスさんは今年5月、4年間務めた静岡朝日テレビを退社した。仕事が割り当てられるわけではない。定額の給料を手にできるわけでもない。組織に属していた頃と比べ、立場は不安定になったかもしれない。それでも、フリーアナウンサーとして活動を始めたスミスさんの表情は明るく、言葉の熱量は高かった。
スミスさんがアナウンサーを目指したのは小学生の頃だった。本が好きで、特に教科書の音読に楽しみを感じていた。「将来は文章を読んだり、物事を伝えたりする仕事をしたい」。母親に勧められたのがアナウンサーだった。中学から高校までの6年間、声楽を習って声の質を高め、大学時代は複数のアナウンススクールに通った。そして、狭き門を突破してアナウンサーの夢を実現した。
テレビ局では情報番組のリポーターをしたり、得意の英語を生かしたコーナーを担当したりした。充実感があった一方、自分の力不足を痛感する出来事もあった。
■台風で大規模な断水 悲痛な訴えを届けられなかった悔しさ
昨年の秋、静岡市清水区では台風の影響で大規模な断水が起きた。スミスさんは給水所へ取材に行った。まだ暑さが残る中、給水所にはタンクやバケツを持った市民が行列をつくっている。水が止まって不自由な生活を強いられ、誰もが不安やストレスでいっぱいだった。取材で声をかけることに抵抗もあったが、メディアを通じて現状を知ってもらいたい人や支援の輪を広げてほしい人も多かった。
スミスさんがインタビューすると、復旧のめどが立たない不安で泣き出す人もいた。中でも記憶に刻まれているのは、30代女性の切実な訴えだった。断水が長期化して衛生面への心配が大きく、特に生理の問題が深刻という声だった。管理職や番組制作の部署を中心に、いまだに男性社会と揶揄されるテレビ業界は女性ならではの問題に対するアンテナが高いとは言えない。スミスさんは、女性の声を社会に伝えるため、言葉を引き出した。だが、放送したVTRに取材した女性は登場しなかった。
「女性の訴えを視聴者に届けて、少しでも問題解決につなげたいと思っていました。でも、私の掘り下げ方やアピールが足りない部分もあって、VTRで使ってもらえませんでした。私は日の当たらないマイノリティの声を届けるところにもアナウンサーの役割があると考えています。自分の力不足を痛感しました」
「生理の貧困」という言葉が広がっているように、生理の課題は最近になって少しずつ社会問題として取り上げられている。スミスさんは、清水区の給水所で聞いた女性の話に限らず、この問題の深刻さをずっと感じていた。そして、社会へ問題提起し、現状を改善しようと動いていた。
■マイノリティの生きづらさ経験 フリーだからできる情報発信
生理の貧困を情報番組やニュース番組の企画として提案し、取材や原稿執筆を進めた。編集マンに自分の思いを伝えながらVTRも完成させた。だが、またも放送されなかった。
「生理の問題に直面する当事者や支援する立場の人たちにインタビューして、悩みを軽減できる方法や解決すべき課題をVTRにまとめました。協力してくださった方々に申し訳ない気持ち、伝えたいことが届けられない悔しさでいっぱいでした」
スミスさんは自身が米国と日本のハーフということもあり、共感してもらいづらい悩みや少数派の声への感度が高い。フリーアナウンサーとして自らの考えを発信しやすい立場となり「私が小、中学生の頃は外国人やハーフの人が珍しかったこともあり、嫌な思いをした経験もあります。マイノリティの気持ちや、声を上げる難しさを人一倍理解しているつもりです。埋もれてしまいがちな声を届けていきたいと思っています」と語る。
フリーアナウンサーへの転身は、もう1つの夢をかなえる目的もあった。スミスさんは子どもの頃から生活の一部にラジオがあり、声だけで伝える仕事にも憧れを抱いていた。テレビ局のアナウンサーを経験し、その思いは強くなっていた。
「テレビには映像という武器があります。ただ、伝える言葉よりも見た目で評価されるところもテレビの特徴です。SNSなどでは、私の発言内容よりも見た目に関する誹謗中傷が少なくありませんでした。体型、服装、髪形など外見で気にする部分が多いテレビと違い、ラジオは話を聞いてもらえるところに良さがあると思っています」
メディアは媒体によって特徴がある。テレビにもラジオにも、それぞれの良さがあるとスミスさんは感じている。フリーアナウンサーになった今、テレビ以外の仕事にも幅を広げられる。早速、事務所からの紹介でラジオのオーディションに臨んだ。
■念願のラジオ番組担当 オーディションで10分熱弁
オーディションを受けた番組は、茨城放送(Lucky FM)の音楽番組「SUNDAY 10 Carat Numbers」。毎週日曜、テーマに沿った曲をリスナーからのリクエストに沿って紹介していく。縁のない茨城での仕事。スミスさんはオーディション前日に茨城へ移動し、水戸黄門神社などの観光スポットを散策。茨城の空気を感じてからオーディションを受けた。
オーディションは、1970年代から現在までの音楽について10分間、自由に語る内容だった。70年代はビートルズ、80年代はクイーン、90年代はマイケル・ジャクソン、現代はテイラー・スウィフトと、スミスさんは大好きな洋楽について熱弁した。
「10分は長いなぁと思いながら話し始めましたが、時間が足りないくらいでした。特に小学生の頃から大ファンで、来日公演に何度も行っているクイーンについては5分以上、話していたと思います」
音楽への熱意やラジオへの愛が伝わり、スミスさんはオーディションに合格。10月から「SUNDAY 10 Carat Numbers」のパーソナリティを務め「ラジオはリスナーさんとの距離が近いので楽しいです。声だけで伝える仕事なので、テレビ以上に分かりやすく、誤解されない伝え方を意識しています」と充実感をにじませる。
自らの言葉が会社の見解とも捉えられる局アナと違い、フリーアナウンサーは自分の考えを発信する自由度が高くなる。もちろん、その責任は大きくなるとスミスさんも自覚している。「テレビ局でやり切れなかった仕事や新しい分野に挑戦していきたいと思っています」。フリーの道は会社員より険しいだろう。だが、その足取りは軽い。
<プロフィール>
スミス春子ユニス。1993年3月24日生まれ、静岡市出身。2019年に静岡朝日テレビに入社。平日夕方の情報番組「とびっきり!しずおか」のリポーター、バラエティ番組「となりのスターさん」のアシスタントなどを担当。2023年5月に退社し、現在は「ジョイスタッフ」に所属。茨城放送(Lucky FM)で毎週日曜放送の「Sunday 10 Carat Numbers」のパーソナリティを務めている。
(間 淳/Jun Aida)