2023/12/03
「言葉を使って思考するのが国語」 “教科書”は求人広告 生きる力を学ぶ中学校の授業
■「バイトするなら?」 焼津市立豊田中学校でメディアリテラシーの授業
ゴールはテストの点数ではない。その授業には、勉強する意味や社会に必要な学びが詰まっている。静岡県焼津市の豊田中学校では、アルバイトの求人広告を教材にした国語の授業が行われている。必ず発信者の意図が込められている情報。あふれる情報を読み解く力を磨くことは国語の重要な目的であり、生きる力へとつながっていく。
生徒たちに配られた1枚のプリント。そこには、3種類の求人案内が記されている。プリントを作成したのは、焼津市立豊田中学校で国語の教師をしている石田智子さん。教科書で学んだメディアリテラシーの実践編といえるオリジナルの授業を展開している。
「学習指導要領には指導事項があります。そこをクリアすれば、教師にはある程度の裁量が与えられています。教科書通りに全ての授業を進めていけば間違いはありません。ただ、私は学校で学んだことが社会に生きる授業を意識しています」
石田さんは「社会にはワナがあり、ブラックな部分もある」と現実を包み隠さず生徒に伝えている。だが、社会に出る不安をあおるのではなく、正しい知識や判断力が武器になるとメッセージを込める。
■国語教師が3種類の求人案内と“ブラックバイト”提示
11月下旬、中学3年生の授業で準備したのは手作りの求人案内だった。授業のテーマは「バイトするなら?」。部活動の秋合宿に必要な3万6000円を稼ぐため、高校1年生の夏休みに選ぶアルバイトを設定した。石田さんは生徒に選択肢として、「コンビニのスタッフ」、「そば屋のスタッフ」、「イベントグッズのピッキングスタッフ」を示した。
3つの求人広告は勤務時間や時給などが異なる。生徒たちは条件を比較して、実際にアルバイトをするなら、どれが自分に合っているのかを考えた。「コンビニ」を選んだ生徒からは「家から近い」、「休みを取りやすい」と理由が挙がった。「そば屋」は「まかないが付く」、「イベントのピッキング」は「時給が高い」、「8月末までの短期に限られている」といった声が上がった。
生徒たちが授業に入り込み、一通りの意見が出たところで、石田さんは“おいしいバイト”を新たに示す。こんな内容だ。
「短時間・高収入 友達に内緒で楽しく働ける♪まじめな会社です!」
時給:4500円以上
時間:6:00~0:00の間で2h~17h
資格:心身ともに健康
仕事内容:観光地の付き添いや食事相手
応募フォーム:氏名、年齢、住所、電話番号、身長、全身写真
石田さんが「このアルバイトやってみたい人?」と質問すると、生徒たちは「絶対にやらない」、「怪しすぎる」と反応する。そして、班に分かれて応募しない理由を話し合って発表した。
・「友達に内緒」という言葉が信用できない
・本当にまじめな会社は、わざわざ「まじめ」とうたわない
・会社名が書いていない
・時給が高すぎる
・仕事内容があいまい
・勤務時間が疑問
・応募に身長や全身写真を求めるのは不自然
■中学2年生では新聞を教材 情報を読み解く力を養う授業
生徒から次々と指摘が入る。一見して“普通ではない”アルバイトだと中学生でもわかる。だが、実際には、こうした内容のアルバイトに応募してトラブルや犯罪に巻き込まれる大人は決して少なくない。ここまで、あからさまに怪しさを醸し出していなくても、巧みな言葉で危険な仕事に誘う求人広告もある。石田さんは中学3年生に身近なアルバイトを題材にして情報を読み解く力の大切さ、さらには情報には発信者の意図が含まれていることを伝えている。
石田さんがメディアリテラシーの授業に時間を割くのは、この日の1回だけではない。教科書の論説文で基本を学んだ上で、「バイトするなら?」の実践編に移っている。また、現在の中学3年生が2年生の時にも新聞を教材にして、記事と合わせて掲載する写真1枚を変えるだけで、情報の伝わり方がいかに変わるかを体感させた。石田さんはメディアリテラシーを学ぶ意義を、こう話す。
「メディアリテラシーが自分の考え方を変えるきっかけになった授業と捉えている生徒もいます。読解力や思考力が格段に伸びた生徒もいます。教育現場にいると、『勉強は暗記』、『国語は何をやっていいのか分からない』と言われることがありますが、私は『言葉を使って思考することが国語』と子どもたちに伝えています」
教師の解説を一方的に聞き、漢字や言葉の意味を暗記するイメージが強い国語の授業。かつては、石田さんの授業も大差がなかったという。自身の授業を振り返り「知識を伝達する授業をしていた頃は『自分の考えを子どもたちに押し付けているだけではないか』、『私の授業が子どもたちの何につながるのか』と悩んだ時期もありました」と話す。
■社会で生きる授業に転換 きっかけは「出会い系喫茶」
学校での学びを生徒の生きる力に変える――。授業内容を転換したきっかけは、10年ほど前だった。当時、都会を中心に出会い系喫茶が流行していた。「女性は無料」の言葉に惹かれて軽い気持ちで見ず知らずの相手と会い、性被害を受けた中学生や高校生がニュースで報じられた。
静岡市にあった店舗の広告は、女性用は完全無料のマンガ喫茶、男性用は出会い系喫茶をうたっていた。国語の教師でありながら、性教育の大切さを感じて授業にも力を入れていた石田さんは、近隣市町の中高生も被害にあった話を聞いて強い危機感を抱いた。
「怪しいアルバイトや勧誘を見た時、疑問に思わず踏み出す子、疑問に思っても踏み出す子、疑問に思って踏みとどまる子がいます。出会い系喫茶の問題は性教育と重なる部分もあり、子どもたちの性や気持ちを操作したり、搾取したりする大人に対して憤りを感じました。子どもたちの人権を守る。そのためには、情報に左右されず自分の頭で考える力を育てなければいけないと考えました」
石田さんは知識を伝達する授業からの脱却を決意した。オリジナルの教材や授業内容を準備すれば当然、手間や労力がかかる。だが、それ以上に得られる充実感は大きかった。「子どもたちを巻き込んだ授業がすごく楽しいんです。子どもたちの発言内容や授業後の感想を見聞きしていると、考える力がついてきたと実感します」。生徒に質問を投げかけ、個々で考える時間や班での話し合いの時間を設ける。その習慣が、“実になる知識”へとつながっている。石田さんは言う。
「発信された情報や相手の話を判断する根拠や材料を、より多く持つことが生きる上では大切になります。そのために本や新聞を読んだり、人の話を聴いたりして自分の考えと比べるわけです。学校の授業を子どもたちの思考を広げる場にしていかなければいけないと思っています」
情報には必ず発信者の意図がある。その意図を読み解く知識を身に付けたり、複数の情報に接して判断したりすることで、情報の取捨選択が可能になる。そして、正しく判断する力が生活を豊かにする力に結び付いていく。
(間 淳/Jun Aida)