2023/12/17
震える手でコンサル料の支払い 職人時代の自信を喪失…経営を1から学ぶ覚悟
■大工を10年経験 理想の家づくりを目指して29歳で独立
同じ家づくりでも、大工と経営者では全く違う視点が必要だった。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。磐田市にある工務店「平松建築」の社長・平松明展さんは、大工として10年の経験を積んで独立した。しかし、経営者に必要な知識のなさを痛感。震える手でコンサルティング会社に費用を支払い、経営を1から学ぶ覚悟を決めた。【前編からの続き】
家1軒を任されるまでの知識と技術を身に付けた平松さんは、家づくりに没頭していった。ただ、お客さんの要望に応えたい気持ちが強くなるほど、会社に属する大工という立場に疑問を抱くようになった。
「家を建てる時、自分なりの考えがあります。でも、会社の考え方と同じとは限りません。ずれが生まれた時に、自己表現したい気持ちが強くなっていきました。自分が思う理想の家を年間1軒でも2軒でも良いから建てたいと思うようになりました」
大工として一通りの仕事ができるようになった。この先10年続けても、同じことの繰り返しになると感じていた。自分の成長、さらに理想の家づくりを追求するには、自らがトップに立つ会社の設立以外の選択はないと決断。独立に向けて自費で学校に通って建築士の資格を取るなど準備を進め、大工生活に終止符を打った。29歳の時だった。
■家に詳しいはずが…大工とは勝手が違う経営
大工の腕に自信を持っていた平松さんだったが、経営者としてはゼロからのスタート。まるで勝手が違った。「現場は分かっていても、他の部分は何も理解していませんでした」。家に詳しいはずの大工は、家の構造については知識が少ない。光熱費を抑える家づくりの方法も知らなかった。
大工の経験は間違いなく武器になる、だが、それだけでは顧客を満足させる家はつくれない。痛感したのは、ファイナンシャルプランナーとの出会いだった。お客さんに提案する際、ファイナンシャルプランナーに入ってもらい、将来的な収入や年金といったお金の面を含めたライフプランを基に、家づくりを進めた。「家づくり=人生づくり」。人生計画に合った家を建てることで人生が豊かになる。平松さんの考え方は変わっていった。
ファイナンシャルプランナーの提案を100件ほど隣で聞いた平松さんは、ライフプランを立てる知識やノウハウを吸収した。すると、理論や数字の大切さに気付いた。使用する断熱材によって光熱費はどのくらい変わるのか、性能の高い家を建てると30年後にメンテナンスや光熱費にどのくらい差が出るのか。人生単位で家づくりを考える必要性を知った。
中学生の頃にドロップアウトした勉強にも楽しさを見出した。建築の理論や数字の読み方といった知識や情報をどん欲に吸収し、「歯を磨くように、勉強しないと気持ち悪い」というまでに習慣化した。実践につながる勉強は、目的が分からず詰め込む勉強と違っておもしろかった。
「数字の意味や理論を学んでノウハウとしてためていきました。仕組みをつくることもモノづくりなんだなと独立して分かりました。情報や知識をアップデートするのは全ての業種、全ての大人に必要だと思っています」
■「ものにならなかった終わり」 コンサル会社に費用支払い
大工時代に感じた「守破離」の大切さは経営者にも共通していた。独立したばかりの頃は、同じように独立した大工の先輩たちに営業や経営について教わった。しかし、ある時、平松さんは気付いた。
「大工の先輩たちも私のように、正解が分からないまま独立していました。住宅経営のプロになるには、経営のプロに教わらないといけないと気付くのに3年かかりました。コンサルティング会社に費用を支払って、会社経営について学びました。守破離の守がないと成長できないことを大工と経営者で2度痛感しました」
当時は今ほどの売上はなかった。平松さんは震える手でコンサル費用を渡した。「これでものにならなかったら終わりと思うくらい、あの頃の会社にとって大きな金額でした」。専門家のアドバイスは全て素直に実践しようと決めていたという。
経営者となって、守破離の「破」や「離」の重要さが増した。独立してから、実践する技術と教える技術は全く違うと気付いた。熟練の大工には確かな腕があっても、人を育成するスキルに欠けていた。経営者が同じような姿勢でいれば、社員は育たないどころか、会社に残らない可能性が高い。平松さんは新入社員に会社の理念やあり方を伝え、仕事を覚えらえれるようにマニュアルや仕組みもつくった。
「怒鳴りたくなる時は、今でもたまにはあります。でも、怒鳴ることは生産性が高くありません。怒っても問題は解決しませんから。社員には自分で考えて動けるようになってもらいたい。怒鳴っても主体性は育ちません」
大工時代、先輩から怒鳴られた経験は無駄ではなかったかもしれない。だが、平松さんは成功体験や先輩に褒められた喜びによって、自身の成長が加速したことを体感している。良きものは継承しながら、変化を恐れない考え方が根底にある。
■「人と地球と家計に優しい家づくり」 日本の“常識”を変える挑戦
職人社長として、大工の時からぶれない理念もある。大工をしていた頃、お年寄りが住む30年以上経過した家のリフォームをする仕事もあった。午前10時と午後3時に休憩を取り、住人と色んな話をしていたという。
その中で一番多かった声は「後悔」だった。「もっと寒さに強い構造にするべきだった」、「メンテンナンスにお金がかからない長持ちする家にすればよかった」。こうした声を聴き、平松さんが目指す方向性は明確に定まった。
「人と地球と家計に優しい家づくり」
初期費用が多少膨らんでも光熱費やメンテナンス費用を抑え、100年住み続けられる家づくりは社長になった今も変わっていない。そして、その先にビジョンを描く。
「最大の目標は日本をどう変えていくか。30年、40年で建物の価値がなくなってしまう消費の家づくりを変えたいんです」
日本では木造建築の法定耐用年数は22年となっている。30年経った家を売却する際は建物に価値がなく、ゼロ円で計算される。そのため、人口が減っているにもかかわらず、住宅が増えてしまう「消費型の家づくり」に陥っていると平松さんは指摘する。結果的に、人にも地球にも家計にも優しさを欠いた家が増えてしまうという。
現場を熟知し、経営も学んだ平松さんには、職人社長だからこそできる家づくりがある。「価値のある家を増やして地域を豊かにしていきたいと思います」。日本の価値観を変える、人と地球と家計に優しい家づくり。平松建築で手掛ける家を1軒1軒増やしていき、壮大な計画を進めていく。
(間 淳/Jun Aida)