2024/02/05
介護+美容は相性抜群 「私は一体何が…」 もどかしさから得た高齢者ケアの明るい未来
■作業療法士の矢田美里さん 高齢者リハビリに10年以上従事
介護+美容。無縁に見える2つの分野に相性の良さと将来性を見出した。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第16回は、静岡市で高齢者のリハビリに携わっている作業療法士の矢田美里さん。介護美容を学んだきっかけは、介護現場で直面したもどかしさや切なさだった。
進路に迷うことなく、自然と医療の道へと進んだ。矢田さんはケアマネージャーだった母親の影響もあって、子どもの頃から医療に興味があったという。高校ではサッカー部のマネージャーを務め、怪我をした選手のリハビリに触れた。高校卒業後に大学でリハビリについて学び、体と心のリハビリ専門職と言われる作業療法士の国家資格を取得した。
新卒で入社した勤務先は、高齢者を対象にしたリハビリの病院だった。そこから高齢者と接する仕事を続け、3か所目の職場となっている現在のデイサービスでも高齢者のリハビリを担当している。静岡市にある今の職場は勤務して2年目となる。
高齢者のリハビリに10年以上従事する中で、矢田さんには忘れられない記憶がある。3年ほど前に療養病棟で働いていた頃、治療で入院が必要な患者を担当していた。患者の半分ほどは寝たきりで、多少の会話はできても体を起こせない。矢田さんは患者の関節が硬くならないようにほぐしたり、マッサージしたりしていた。
■「私は何ができているのか」 無反応の高齢者に無力さ痛感
時には痛みがあるはずの施術をしても、患者の表情は変わらない。仰向けで天井を見つめたまま、されるがままの患者も多かった。矢田さんの心を虚しさが襲った。
「私は一体、患者さんのために何ができているんだろう」
当時は新型コロナウイルス感染拡大により、患者は外部の人と接触ができなかった。家族とも面会できなかったため、矢田さんは患者と家族をテレビ電話でつないだ。ただ、家族が声をかけても反応がほとんどない患者は少なくない。矢田さんは「もどかしくて切なかったです」と回想する。
モヤモヤした気持ちが晴れないまま、矢田さんは子育てと仕事を両立させるために、パートとして現在のデイサービスの施設に転職した。接する高齢者は、前職と一変した。デイサービスの利用者は自立度が高く、施設の場所が静岡駅に近いこともあって外出を意識して身なりを整えている人も多い。
■介護美容に感じた可能性 「リハビリに有効」
施設で唯一のリハビリ担当となった矢田さんは、業務内容を一任された。マッサージや体操といった体の健康を保つメニューに加えて、心の健康につながるメニューを考えていた時、SNSで介護美容を知った。自分の無力さを痛感した、あの時の光景がよみがえる。
「デイサービスの利用者さんにメイクやネイルをしたら喜んでもらえると思いました。そして、心がウキウキすれば行動が積極的になって、寝たきりになる状態を予防できると感じました。リハビリとしても有効なアプローチになるので、介護美容は作業療法との相性が良いと考えました」
突発的な怪我で動けなくなるケースは避けられない面がある。ただ、矢田さんは活力がなくなって寝たきりになる高齢者を見てきた。美容で心が動けば、そうした患者を減らせる可能性がある。日常のあらゆる動作をリハビリと捉える作業療法士らしい視点だった。
デイサービスの利用者には、特別な資格や知識がなくてもメイクやネイルを施せる。だが、矢田さんは「作業療法×介護美容のスタイルをつくりたい」と専門スクールに入った。週に1回、名古屋の学校に通い、育児や仕事の合間に時間をつくって自宅で知識を深めた。
学んだ分野はメイク、ネイル、ハンド・フットトリートメント、アロマケアと多岐に渡る。高齢者と一緒にハンドクリームをつくってハンドトリートメントする美容レクリエーションも実施する。
■メイクもネイルも肌に優しい成分 高齢者相手ならではの工夫も
一般的なメイクやネイルと大きな違いはないが、相手が高齢者ならではの部分もある。人生を重ねてきた肌は若い世代とは違う。メイク前に保湿やマッサージをして、シミやたるみが目立たない工夫をしている。
ネイルには水性を使う。通常のマニキュアは除光液で落とすが、水性ネイルはお湯に浸すと剥がれる。肌や爪への負担が少なく、急きょ指に器具をはめて血中酸素濃度を計る時も問題ない。矢田さんは専門スクールで高齢者に優しいメイクやネイルの技術を学んだ。
「介護美容は結婚式のメイクのように、きれいにすることがゴールではありません。メイクやネイルにウキウキして出かけたい、動きたいと思ってもらうことが一番の目的です。メイクやネイルをしながら高齢者の方々と話をすることも大切ですし、好みの色や香りを選んでもらうことで五感も刺激されます」
高齢者の中には美容に興味があっても、一歩踏み出せないケースもある。矢田さんがネイルをした高齢女性は「ネイルは若い子が行くところなので行きづらい」と話していたという。ところが、一度、爪をきれいにしてもらうと、自分で百貨店に行って水性ネイルを購入した。矢田さんは「その女性に次に会った時、ネイルの色が変わっていました。行動が変化して、すごくうれしかったです」と笑顔を見せた。
■男性も興味津々 フットトリートメント
普段よりきれいになった高齢者は周りの人に「見て、見て」と喜んだり、途中から好みのアイシャドウや口紅を選んで自分でメイクしたりするという。腕を浮かせて細かい動きが必要になるメイクは食事の2~3倍の筋力を使うと言われていて、健康促進やリハビリの効果が期待できる。
足裏からふくらはぎにかけてアロマオイルを使ってほぐしていくフットトリートメントは、男性も興味を示すという。トリートメントでは肌に優しい成分を使った米ぬかオイルを使用。好みに合わせてアロマオイルを足したり、足浴にアロマオイルを入れたりする。矢田さんは専門スクールで介護美容を学び、高齢者に実践することで確かな手応えを得た。
「今後、必要性が高まってくると確信しています。メイクやネイルによって利用者さんの表情や行動が変化して、リハビリの面でも有効だと感じています。介護美容の認知度を上げていきたいです」
矢田さんはデイサービスでリハビリの仕事をしながら、介護美容も専門にする“二刀流”を続けていく。「介護美容だけに特化するのではなく、常に高齢者と接して感覚を養っておきたいと思っています」。リハビリと介護美容を組み合わせ、高齢者の日常を彩る。
(間 淳/Jun Aida)