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2024/05/20

一杯のお茶で異業種への転身決意 2度の頓挫にも折れなかった心 5年越しで熱海に出店

■日本茶セレクトショップ「CHABAKKA TEA PARKS」オープン

3度目の挑戦で、思いが実を結んだ。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第17回は、熱海市に日本茶セレクトショップ「CHABAKKA TEA PARKS」をオープンした三浦健さん。シングルオリジンと呼ばれる希少な茶葉の販売や日本初となるビールサーバーから注ぐ「ドラフトティー」の提供など、ファッション業界から転身して日本茶の可能性を追求している。

 

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三浦さんの挑戦は新たなステージに入った。神奈川県鎌倉市にティースタンドとショップを併設する「CHABAKKA TEA PARKS」をオープンしてから6年。今年4月26日、熱海駅から徒歩15分の距離にある熱海銀座商店街に熱海店をスタートさせた。

 

「CHABAKKA TEA PARKS」はシングルオリジン(単一品種単一農園)と呼ばれる一般には出回ることが少ない茶葉を、全国の生産者から直接仕入れて販売している。店にはお茶漬けの素やシロップといった加工商品も並び、カフェメニューとしてドリンクやスイーツを提供。おしゃれに楽しむ日本茶エンターテインメントをコンセプトにしている。

 

カフェの看板メニューとなっているのが「ドラフトティー」。ビールサーバーを使って窒素をたっぷりと含ませながら注ぐ水出し茶は、生ビールのようなクリーミーな泡が乗り、お茶本来の甘さと独特な口当たりが特徴。ビールサーバーでお茶を提供するのは日本で初めてだという。

店は熱海駅から徒歩15分

■ファッション業界から転身 一杯のお茶が人生の転機

「CHABAKKA TEA PARKS」のオーナーを務める三浦さんは、異業種からお茶業界へ飛び込んできた。静岡市で生まれ育ち、高校卒業後に上京。約15年間、ファッション業界一筋だった。良質な国産品に触れる中で、いつしか洋服以外の日本の伝統産業にも興味を抱くようになった。

 

「日本の伝統産業に新たな価値やサービスを創造し、世の中に提供できないだろうか」

 

人生の転機となったのは7年前に口にした一杯のお茶だった。当時、大阪府でアパレルの会社で働いていた三浦さんは自身の未来を考える時間が増えていた。現状に不満はない。だが、学生の頃から描いていた起業への思いが沸き上がってきた。

 

「働いていた会社はスタートアップから一部上場まで関わりました。勤務地が東京から大阪に変わり、会社を俯瞰(ふかん)する時間ができました。その時、自分が起業するなら、どんなビジネスができるのか考えるようになりました」

店内は商品の販売に加えてカフェスペースも

■運命のお茶から2か月後に退社 半年後に鎌倉店オープン

これまでの経験や知識を生かし、起業の選択肢はファッション一択だった。ただ、洋服以外にも日本の伝統文化への関心が高く、アンテナを張っていたという。このまま会社員を続けるのか、起業を決断するのか。悩んでいる三浦さんの様子を気にかけるように、自宅で妻から声をかけられた。

 

「お茶でも飲んで一息つきなよ」

 

目の前に出されたのは一杯のお茶。普段淹れてもらう機会はほとんどなかったお茶が体や心に染み渡った。この一杯は一般的なブレンド茶ではなく、シングルオリジンの茶葉が使われていた。シングルオリジンは「1つの農園の1つの品種」であるため、はっきりと個性が表れる。あえて味を均一にする一般的な茶葉と違い、無限の可能性を感じた。

 

「起業を考えて知見を広げたいタイミングだったので、妻が気を利かせてくれたのだと思います。今まで気付かなかったお茶のおいしさを知って興味が沸き、そこからどっぷりとお茶の世界にはまっていきました」

 

日本茶の魅力に気付いた三浦さんは新たな道を歩もうと決めた。行動は早かった。人生を変える一杯を経験した翌週、京都・宇治の茶農家を訪ね、2か月後にはアパレル会社を退社。退社から半年後に鎌倉店をオープンするまで、全国の農家を回って知識を深め、日本茶の資格も取得した。これまでに飲んできた日本茶は500種類を超える。農家を直接訪れて厳選した自信の茶葉を提供している。

 

■起業に不安なし「ネガティブな部分にこそビジネスチャンス」

洋服からお茶への転身。周囲の声は驚きや心配ばかりだった。ところが、三浦さんに不安はなかったという。

 

「当時勤めていた会社の影響もあって、ネガティブな要素をポジティブに変えていく思考がありました。ネガティブな部分にこそビジネスチャンスがあると考えていました。ワクワク感が大きかったですね」

 

お茶は敷居が高く、やや古くさいイメージを持つ人は少なくない。そのネガティブな要素にこそ、三浦さんは新規参入のチャンスがあると捉えた。そして、洋服もお茶も「本質は同じ」と強調する。

 

「お茶をカジュアルに、若い人たちにも飲んでもらえる方法を見つければ、むしろブルーオーシャンという感覚でした。お客さまと真摯に向き合って良いものを提供すれば、洋服でもお茶でも工芸品でも扱う商品は関係ないと思っています」

 

新たな店舗を始めるにあたり、出店場所は熱海以外に選択肢はなかった。自然豊かで歴史や文化を感じられる名所も多く、首都圏から1時間ほどとアクセス抜群。何よりも「鎌倉の次は絶対、故郷の静岡に出店したい」という思いが強かった。

 

「自分たちが加わることで、町や地域、人々の活性化につなげていきたい」

お茶の常識に捉われない柔軟な発想とアイデアが特徴

■新型コロナに土砂災害 2度の出店断念

ただ、出店までの道のりは平たんではなかった。構想を練ったのは2019年12月。熱海銀座商店街エリアに空き物件が見つかり、内見を経て準備を始めようとしていた。

 

しかし、その1か月後に日本で初めて新型コロナウイルスの感染者が見つかった。あっという間に国内で流行し、飲食業への強烈な逆風によって出店をあきらめざるを得なくなった。三浦さんは「今となっては賢明な判断だと思っていますが、当時は悔しくて残念な思いでした」と振り返る。

 

ただ、熱海で店を構える熱は衰えていなかった。緊急事態宣言が明けた2021年4月、社会に少しずつ日常が戻ってきたタイミングで熱海駅前にあるテナントビルを紹介された。三浦さんは出店に向けて動き出した。ところが、その3か月後、伊豆山地区の大規模な土砂災害で熱海市は被災。またしても、出店計画は実現しなかった。

 

「今度こそ」の思いで立ち上がったのが昨年5月だった。ついに、三浦さんの情熱と覚悟が実を結んだ。一度目に出店を計画した熱海銀座商店街エリアにある物件の隣のスペースを紹介してもらった。「この運命にかける」。三浦さんは即決した。

 

■開放的なデッキスペース 熱海店限定のメニューも

熱海店は約80平方メートルで、鎌倉店の3倍ほどの広さとなる。最大の特徴は公園にいるような雰囲気を味わえる天高4.5メートルの吹き抜け天井と長さ10メートルのロングベンチ。デッキスペースを設け、熱海の住民や観光客に多いペット連れも利用できる。鎌倉店と同じように、店内の商品を購入すれば飲食の持ち込みも可能となっている。

 

熱海店限定のメニューも用意した。静岡市にあるフレンチレストラン「旬輝」のシェフが監修した「濃厚ジャム」は、風味豊かな濃厚ミルクジャム。パンや焼き菓子につけたり、アイスやヨーグルトに混ぜたりして楽しめる。

 

その他にも、抹茶の原料となる蒸し製緑茶の一種・碾茶(てんちゃ)と魚介を使用したお茶漬け、茶殻と国産ボタニカルで蒸留した緑茶クラフトジンなど熱海店だけで味わえるメニューをそろえている。

 

三浦さんは3度目の挑戦で念願の熱海店オープンを実現した。だが、ゴールは、まだまだ先にある。「日本茶には世の中に伝えられていない価値と無限の可能性が眠っていると思っています」。お茶どころ静岡県の中では決してお茶のイメージが強くない熱海から、新たな文化をつくり出す。

 

(間 淳/Jun Aida

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