2024/08/11
入社希望者は年間500人 人手不足と無縁なワケは中古車活用と猛獣使いからの脱却
■島田市の山岸運送 10年先を読んだ経営で2024年問題を予測
猛獣を操る時代の終焉や人手不足の到来は想定済みだった。静岡県島田市に本社を置く山岸運送は、2024年問題と縁がない。深刻なドライバー不足が訪れると10年以上前から予測し、対策や変革を講じてきた。その結果、面接に年間500人が訪れる業界の常識を覆す企業となっている。
今年4月からトラックドライバーの残業時間が規制され、物流業界では人手不足に陥る「2024年問題」が叫ばれている。大半の運送会社が人材獲得に苦労する中、山岸運送には入社希望者が殺到している。リクルートの広報活動に力を入れているわけではなく、口コミで評判が広がっているという。
人が集まる理由は、待遇の良さと働きやすさにある。給与は業界トップクラスの水準で、配送スケジュールは無理なく組まれている。山岸一弥社長が語る。
「私たちは物流に必要なコストをお客さまにきっちりと求めています。その分、サービスの質には自信があります。お客さまから信頼を得て収益を伸ばし、ドライバーに還元している形です」
配送費用を下げれば一時的に売上は伸びるかもしれない。だが、結果的に経営を圧迫し、ドライバーの働く環境は悪化する。ドライバーが離職して人手不足となればサービスは低下して、さらなるコストダウンでしかお客さんを確保できない悪循環に陥りかねない。
■運転手不足を見越した決断 大型トラックを自社で“つくる”
山岸運送が“強気の経営”を展開できるのは、10年以上前からドライバー不足を予測し、独自の取り組みを進めてきたからだ。山岸社長は大手コンサルティング会社からアドバイスを受けながら、変革を進めてきた。
大きな経営判断の1つは、協力会社に委託していた配送を自社で担うと決めた方針転換だった。山岸社長は「少子高齢化や大型免許を取得する人数の減少などにより、10年後には協力会社のドライバーが不足するのが目に見えていました」と語る。そこで、トラックもドライバーも自社でまかなうと決めた。
大型トラックは新車で購入すると1台2000万円ほどかかる。しかし、自動車整備の専門学校を卒業した山岸社長は、1台300万円から500万円でトラックを増やした。中古でトラックを購入し、古くなったエンジンやミッションを取り替えて安全性を確保。さらに、外観を塗装して新車同様に仕上げた。
自社で中古トラックを整備する設備や人材をそろえ、トラックの数は10年前から200台も増えているという。従業員も当時の3倍となる600人となり、30代で課長や部長に就くケースもある。山岸社長は、こう話す。
「車両費を抑えられれば利益を出せると考えていました。そうすれば、従業員の待遇を良くして、お客様に対するサービスも高められます。運賃で利益を上げるわけではないんです」
■運転手のタイプが変化 接し方を180度転換
山岸社長はドライバーとの接し方も180度転換した。ひと昔前は、負けん気が強く一匹狼タイプのドライバーが多かった。山岸社長は「運送会社の経営者は猛獣使いではないと務まらないと言われていました」と表現する。ところが、今は口数が少なく、1人の時間が好きなタイプが増えているという。
「10数年前からはドライバーにムチ打って動かすやり方ではなく、ペットの犬や猫と接するようにニコニコしています。事故を起こしても怒鳴ることはなく、感情的にならずに原因と対策を話し合っています。自分の考え方や価値観を押し付けるのではなく、時代の変化に対応する必要がありますから」
時代の先を読む大切さは、息子でもある山岸龍大常務にも引き継がれている。山岸常務はコンサルティング会社での勤務を経て、山岸運送に加わった。コンサルタントとして業種や規模の異なる様々な企業をサポートし、経営に必要な知識や経験を吸収した。そして、山岸運送入社後は、国内外で成功している先進的な企業で勉強会に参加。10年、20年後に直面すると予想される問題解決に向けて先手を打っている。
山岸運送が人手不足と無縁なのは偶然ではない。2024年問題の到来を想定し、他社よりも一歩、二歩先を見据えて行動した結果と言える。
(間淳/Jun Aida)