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2022/10/14

静岡市中心部から本屋が消える…… 逆風の中で勝算なく店をオープンした覚悟

静岡市中心部にある「ひばりブックス」の太田原さん

■「ひばりブックス」の店主・太田原由明さん 2年前に本屋を開店

勝算はない。強い逆風が吹く中、真っ直ぐに歩みを進める理由は危機感と使命感だった。それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第5回は、静岡市で「ひばりブックス」を経営する太田原由明さん。書店員として働いていた大型書店が閉店後、自ら本屋をオープンした。「本屋がないまちには魅力がない」。1日でも長く店を続けると覚悟を決めている。

 

日々新しい作品が生まれ、世の中には膨大な数の本がある。その中で、「この1冊」に出会った時の喜びは心を満たす。「いい本は、佇まいが美しい」。見た目の美しさ、触れた時の心地良さ。いい本が醸し出す空気感は、いい書店と共通しているかもしれない。

 

静岡市葵区鷹匠。静岡市の中心市街地にありながら、慌ただしさを感じさせない街に「ひばりブックス」は店を構えている。18坪ほどの本屋スペースにカフェとギャラリーが併設された店には、ゆっくりとした時が流れる。本屋を訪れた客に本との良縁をつくっている。

 

店主の太田原由明さんは、2020年9月に店をオープンした。穏やかな話し方が店の雰囲気と重なる。

 

「本屋さんに来る楽しさ、店で過ごす時間を味わってほしいと思っています」

店内には太田原さんが選んだ約1万冊の本

■店頭に並べる本は知識があるジャンルのみ カフェとギャラリー併設

人が一生に読める本の数は1万2000冊ほどと言われている。ひばりブックスには、それに近い数の本が置いてある。目を引くのは海外文学や詩集、冒険をテーマにした作品。限られたスペースに、どんな本が並んでいるのかは店の特徴を色濃く表す。利益の追求に重きを置く大型書店とは一線を画した作品の顔ぶれには、太田原さんの思いが表現されている。

 

「お客様が次に読みたくなる本や自分がお客様に読んでほしい本、バランスを考えて店に並べる本を選んでいます。それから、自分自身が詳しくは分からないジャンルの本は置いていません」

 

店の奥へ進むと、カフェとギャラリースペースがある。利益につながらない展示スペースは書店の“非常識”とされているが、太田原さんは「写真や絵本の原画といった本に関する展示は、本に興味を持つきっかけや店に来るきっかけが生まれます。必ずつくろうと思っていました」と説明する。来店客の世界を広げる展示、さらには作家を招いたトークイベントなどを開催している。

店の奥にはカフェとギャラリースペース

■24年間勤務した大型書店が閉店 「本のある場所を残したかった」

太田原さんは静岡市清水区に本社を置いて全国展開する戸田書店に24年間、勤務していた。流行の本を並べれば売上が伸びると分かっている。だが、売れる本といい本が違うことも知っている。

 

他の書店では平積みされるようなジャンルの本を置かないのは「自分自身の知識が少ないジャンルの本については、お客様と満足にお話しできないからです」と説明する。そして、「自分で選んだ本がお客様の手に渡って、感想を直接いただける。それ以上の喜びはありません」と続けた。

 

店に来た客が本と出会うように、太田原さんには来客と縁が生まれる。日々の充実感は大きい。ただ、インターネットの普及、活字離れが叫ばれて久しい今の時代、本屋の経営は簡単ではない。戸田書店で働いていた太田原さんは当然、強烈な逆風を感じていた。

 

「本屋を経営するのは厳しいと分かっていました。営業を続けるだけでも大変で心配は尽きません」

 

オープンから2年経った。太田原さんが選ぶ本に惹かれ、会話を楽しむ常連客は増えている。売上は予想を上回っているが、本は利幅が小さい。店を回すだけで手いっぱいになってしまう。苦労する未来が見えていても、自ら本屋をつくる理由があった。

 

「まちから本屋が消えてしまうのではないかと思いました。勝算は全然ありません。とにかく本がある場所を残したい気持ちだけでした」

 

かつて静岡市の中心部には大型書店が並んでいた。しかし、この10年から20年で閉店や移転が相次いだ。最後の砦とも言われていたのが、太田原さんも働いていた戸田書店静岡本店だった。約60万冊を揃える静岡県最大級の書店も時代の波に抗えず、2020年7月に閉店した。

■「本屋がないまちには魅力はない。大切な部分が抜け落ちている」

太田原さんの経験を考えれば、他の書店で働く選択肢はあった。ところが、選んだのは新しい本屋の開店。頭や心を占めたのは、職を失う不安や安定した生活の確保よりも、まちから本が消えていく危機感だった。

 

「このままでは本屋がなくなってしまう」

 

転職の考えは一切なかった。当時51歳。険しい道を歩むと決めた。本への愛情や書店員の知識はあっても、本屋のオープンにはいくつものハードルがあった。中でも、スタート時点となる本の仕入れが難しい。店に新刊書籍を並べるには問屋と契約する必要がある。

 

問屋は書店に本を卸し、売れ残ったものが返品されてくる。書店で売上が立たなければ儲けにならない。大型書店が次々に閉店した静岡市の中心部で新たにオープンする本屋、しかも小規模となれば、契約を渋るのは必然だった。

 

それでも、太田原さんは何度も何度もお願いした。そして、穏やかな口調に込められた揺るぎない熱意と覚悟を感じ取った問屋は首を縦に振った。

 

店名は太田原さんにとって思い入れのある本に由来する。静岡市葵区羽鳥に文学記念館がある中勘助の作品「鳥の物語」は、太田原さんが好きな本の1つ。書店員だった頃、出版社に復刊を訴え続けて実現した。

 

「鳥の物語」の中には姫を助けるヒバリの話があり「おっちょこちょいで世話好きなヒバリが、中勘助から見た静岡人の印象だったのかなと感じました。そのヒバリが店のイメージになればいいなと思って付けました」と明かした。

 

静岡市駿河区で生まれ育った太田原さんは、子どもの頃から本のある生活が日常だった。中学生になって行動範囲が広がると、自転車で書店に通った。高校生になると毎日のように書店を訪れ、はしごする日も多かった。両手に収まる大きさの本を開くと、圧倒的な世界が広がる。その世界は1冊、1冊異なる。本を読むほどに魅了されていった。

 

「本にはそれぞれの世界が閉じ込められています。本からは何も働きかけてきませんが、こちらが開くと世界を見せてくれます。時代や住んでいるところが全く違っても、時間や空間を飛び越えて物語はずっと残り、その世界に入り込めるのが本の魅力です。本屋がないまちには全く魅力がありません。大切な部分が抜け落ちています」

 

身近に本がある生活。日常の喜びや楽しみが、当り前ではなくなりつつある。太田原さんが逆境と分かっていても進む道には、使命感と危機感が刻まれている。

 

「本屋は子どもからお年寄りまで、何も買わなくても、いつでも来て良い場所。本屋の良さを知ってもらうために、1日でも長く存続させてなければいけないと思っています」。

 

最初のページをめくれば、本は読者を物語の中へといざなう。誰に対しても世界を開く本と同じように、ひばりブックスでは太田原さんが来客を待っている。

 

(間 淳/Jun Aida

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